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お酒の話
 夏こそお燗
「いゃー昔の人は粋だよね、酒なんざ呑むのに肴なんぞはとやかく言わねえ! 塩か味噌なんぞをちょっとつまんでくぃっと呑んじまう」などという噺家のセリフを聞いた方も多いでしょう。「粋」だと納得している人は、きっと大の呑兵衛、こんな飲み方に憧れているのかもしれません。しかし事実は「粋」とは少し違っていたように思われます。昔のことですから、庶民が口にするお酒は純米酒仕様です。精米を足踏みや水車などで行っていた時代では飯米程度の粗さの仕上りで、酒造技術も現在に比べて劣っていたわけですから、当時の純米酒はかなりの酸が出ていたはずです。俗に言う「鬼殺し」、鬼すらひっくり返ると言われていた辛いお酒です。これでは、今のように白身魚のお造りでちょっと一杯というわけにはいかず、塩や味噌で口を誤魔化さざるをえなかったのでしょう。
 そういえばメキシコの蒸留酒テキーラもかなり粗いお酒ですが、現地では生のライムをかじって塩をなめてから、喉に放り込みます。本場の塩は、テキーラの原料である竜舌蘭につく毛虫のおしっこが乾燥したものですが、日本の塩や味噌と同じ工夫です。ワインもビールも日本酒も品質安定のために火入れ殺菌をすると、酸がきつく感じられます。その酸がほどけるのに、だいたい白ワインで1年、赤ワインはできが良いと5〜10年、ビールは1ヶ月、日本酒は半年かかります。精米が粗かった江戸時代はもっとかかっていたはずですが、当時の書物『和漢三才図会』などでは「とろりとろりと油のごとし」などと古酒が紹介されています。
 しかし、庶民は飲むまでに何年も待っていられないということで、私たちの先祖が考え出した超短期熟成の工夫が「お燗」です。湯煎して人工的に熟成の時間を与えます。画期的な「素晴らしい呑兵衛」の知恵です。まさに酒は燗して飲むべし、というほどの結果が出ます。ただ、どの日本酒でもというわけではなく、「お燗に向くお酒」と「向かないお酒」があります。純米酒などは、お燗をするとお酒にふくらみが増し、豊かさと美味しさが楽しめますが、大吟醸酒などは苦みが出がちです。どうやら酒造工程で発生する醸造酸(醸造することで誕生する酸)の違いが影響しているようです。
 酸は、お酒にとって重要な要素です。どの性質の酸がどのくらいずつ出るのかで、お酒のキャラクターが決まります。多すぎても少なすぎても具合が悪く、酒造りの現場では、酒米の種類、麹の作り方、酒母の違い、発酵温度の調整など、各酒造工程で欲しい酸を出す工夫をします。
 その酸、白ワインに出るリンゴ酸は冷やすと美味しくなる傾向があり、これを含む大吟醸酒なども同じです。一方、赤ワインに出る乳酸は、アルコール度数の高さとフルボディを形成する要素であり、常温や少々温めた方が美味しくなる性質があります。日本酒は、世界で一番多く乳酸を含んでいるので、当然お燗で美味しくなります。
 さて、夏の日本酒です。大吟醸酒などは例外として、この時期は前年に造ったお酒とこの冬に造ったお酒をブレンドして売り出します。天候によって年ごとに品質が異なっても納得されるワインとは違って、日本酒の消費者は、値段も味も毎年変わらない「いつものお酒」を望むためです。今頃がその「ブチ」の時で、熟成不十分な粗い酸のお酒が混ざっています。そこで「夏こそお燗」。気だるい夏の時期、とても美味しく楽しめます。
 お燗は湯煎に限ります。やかんで直火とか電子レンジは感心しません。適温は、お酒にもよりますが、夏は45度、熟成が進んだ秋や冬は42度くらい。お燗をしながらちょくちょく味を見て、ふくらんだ瞬間を温度計で調べます。このとき、徳利の首あたりのお酒のふくらみ方を覚えておくと、あとは目測でお燗ができます。
 地酒専門店の神田和泉屋では、酒蔵から届いたお酒をお燗をして、酸のほどけ具合から飲み頃を判断し、売り出し時期を決めています。