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お酒の話
 夏の冷や酒
 夏から続く連日の猛暑!「日本酒はちょっと……」と敬遠される方も多いでしょう。ところが、この時期にとっておきの日本酒があります。「初呑切り酒」(ルビ:はつのみきりしゅ)という、熟成の途中で貯蔵タンクから汲み出されたお酒です。
 今回はこの「初呑切り酒」の話です。搾ったばかりのお酒は「生酒」ですが、貯蔵するときには、品質安定のための62〜65度で10分程度「火入れ殺菌」をします。そして、お酒は貯蔵タンクで熟成の眠りにつき、夏を越して味がのってから瓶詰、出荷されます。
「火入れ殺菌」は、1860年頃にルイ・パスツール(1822〜1895)がワインの品質安定のために考え出した方法で、「パスツリゼーション」と命名された有名な殺菌法ですが、日本酒の世界では、それを溯ること300年ほど前の書物(『多門院日記』1578年の記述)に、同じ方法が記されています。
さて、貯蔵前に火入れ殺菌をしたお酒ですが、まだ安心はできません。貯蔵中に火落ち菌(乳酸菌の一種)が増殖してお酒を変質させることがあるからです。そのため全国各地の酒蔵では、昔から貯蔵途中のお酒の品質をチェックする「呑み切り行事」を数回行います。手始めは6〜8月にかけての「初呑切り行事」で、貯蔵タンクの呑み口(汲み出しコック)を初めて切る(開ける)ことからこう呼ばれています。すべてのタンクからお酒を汲み出して、異常がないか、熟成の度合いは例年に比べてどうか、などを半日がかりで、指導の先生がチェックします。
 夏、地酒屋の神田和泉屋の店主も繁忙となります。全国各地から「初呑切り行事」に立ち会いを求められ、数軒の酒蔵のこの行事に参加します。もう20年以上も毎年訪問している蔵もあります。神田和泉屋ではこの時に各酒蔵から購入するタンクを決めていますが、10年ほど前にあることに気づきました。この熟成途中の、いわば未完成酒が、その時に美味しく感じられたのです。実は、雑菌の繁殖しやすい夏場にお酒を多く汲み出すことは、その量の空気がタンクに入るので危険なことなのですが、特別にお願いをして、各タンクから一升瓶で100本くらいを直接瓶詰していただき、「初呑切り原酒」として販売してきました。もちろん「初呑切り酒」を世に知らしめるほどの本数ではありませんでした。
 しかし最近では、残ったお酒の心配をしなくて済むように、タンク一本分のお酒を全部「初呑切り酒」という名前で出荷する酒蔵も出てきました。また、夏の「生酒」もよく見かけます。フレッシュでフルーティな生の感覚を夏まで残そうと冷蔵設備を完備して、火入れをしない「生酒」を囲っているのですが、こちらは「生老ね(ルビ:なまひね)」という独特な不快な香りが出たり、出荷後の温度変化などによる味の劣化という心配があります。解決策として、酒蔵では出荷時に「活性炭素ろ過」をかけることが多いのですが、同時にうまみや豊かさも多少なりとも失われ、薄くひ弱な感じとなることが多く、それよりも、この時期のお酒の自然な姿「初呑切り酒」の方が美味しく感じられます。
 しかし、すべての「初呑切り酒」が美味しいわけではありません。まず濃醇なお酒であること、そして原酒規格である必要があります。もっとも貯蔵中のお酒は、アルコール度数が少しでも高い方が有害菌の影響を受けないので、すべて原酒規格です。これをそのまま瓶詰することで、生酒の香味もまだ残り、熟成途中のために酸がやや粗く感じられ、アルコール度数も原酒規格となれば、それはもう力強い感じのお酒となり、気怠い猛暑残暑の時期に美味しく感じられ、夏の冷や酒としてお勧めです。
 季節のお酒といえば、ワインの世界では、ボジョレーヌーボで知られる生ワインだけですが、日本酒は、造りの時期の「生原酒」、夏期の「初呑切り原酒」、熟成を終えた秋に加水して度数を下げ、再度火入れ殺菌した単独タンクの「冷やおろし」、そして「通常のお酒」、さらにそのお燗も楽しめる季節感のある世界唯一のお酒といえます。