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お酒の話
 くだらないお酒
 将軍家指南役の流れをくむ剣術流派、直心陰流(じきしんかげりゅう)の18代目と飲み会をもったことがあります。18代目は若い頃の剣術の腕は当然として、戦争中も隼戦闘機で大陸を飛び回っていた強者。人気時代小説『剣客商売』の主人公秋山小兵衛を彷彿とさせる翁は、84才の今も眼鏡なしで矍鑠とされています。10年ほど前からのおつき合いで、あるとき神田で開いた飲み会での話です。「俺は下(ルビ:くだ)りものしかやらないよ」「はい、そのつもりでお酒を用意しましたが、少々遠くから下って大分のお酒です」で始まりました。お燗酒とその味に負けない島根の魚介の干物、どちらもしっかりした味同士です。「下りもの」とは江戸時代の灘の酒のこと。中心地の「江戸に下った」ことに由来します。ついでながら「江戸に下らない」ものが「くだらないもの」の語源。「駄目だよ、最近はやりの軽い酒は……」と酒談義がひとしきり。 
 最近は、香りプンプンの軽いお酒が増えています。これらは杜氏の不眠不休の努力で誕生する大吟醸酒の上品で豊かな香りを、簡単に作り出せないかと研究が重ねられ、酒造りの主役である「酵母」に紫外線や薬剤などを使って突然変異を起こさせて、大吟醸酒の香りの中心的な成分「カプロン酸エチルエステル」という物質を作り出すことに成功した結果、出来あがったお酒です。大吟醸酒や純米吟醸酒、純米酒にも盛んに使われています。
 確かに吟醸香に近い香りですが、それだけを突出して作り出す酵母ですから、香りから期待する味はなく、香りだけがプンプンしています。酒造の世界では「カプロン酸系のお酒」、酵母は「バイオ酵母」などと呼ばれています。酒造を指導する国や県の先生方は研究者だからでしょうか? この新技術に熱中しています。大吟醸酒で審査される全国新酒鑑評会もこの「カプロン酸系」のお酒でなければ入賞がむずかしいほどで「お酒の鑑評会なのか酵母の鑑評会なのか」などと陰口も叩かれています。しかし世の中は大吟醸酒ブームで、この手の軽薄なお酒が受けています。
 こんな話がありました。神田和泉屋学園の卒業生がある洒落た居酒屋に入ったものの、日本酒リストには知らない名前ばかり。やっと一品知っているお酒を見つけて注文したところ、和装の酒ソムリエを名乗る女性が「あら、お客さんは古いタイプのお酒がお好きなのですね」と。後日、「まともなお酒」と「インチキ酒」でなく「古いタイプのお酒」と「新しいタイプのお酒」という区分になるのだと、学園内で苦笑まじりの笑い話になりました。「新しいタイプのお酒」とは、カプロン酸系のお酒のことです。
 話は変わりますが、日本航空(JAL)は、日本国内航空(JAS)と統合する4年前まで、国際線直行便のファーストクラスに大吟醸酒を搭載していました。世界に誇れる日本のお酒を世界に紹介しようと、どの航空会社も赤字に苦しむなかで15年間もの長期間、日の丸を付けた航空会社の文化事業としてつづけた企画でした。その間、神田和泉屋では搭載酒の選定と納品をお受けしましたが、外国の一流のお酒と闘うにふさわしい大吟醸酒の納品のために、品質チェックの他にも考えつく限りの実験をしました。
 機内に「カプロン酸系」のお酒を持ち込んだことがありました。機内への液体持ち込みに問題がなかった時代です。上昇中、上空での機外気圧とのバランスをとるために、機内の気圧を次第に減圧します。そこで「カプロン酸系」のお酒を、機内の高度表示、腕時計の気圧計を見ながら試飲したところ、高度1万メートルに達する前に1千ヘクトパスカルでどうにもならないほどお酒が浮き足立ちバランスを失いました。この数値は、普段低気圧が近づいたときと同程度の気圧です。やはり異常な酒なのです。
 日本人の心を癒し、明日の活力を与える民族の酒とはとても思えません。しかし、これが今の日本酒の主流になろうとしているのです。「あら、ワインみたい」だったらワインを飲めば良いのでは……。日本人とお酒のバランスも失われたのでしょうか。