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お酒の話
  秋、ヨーロッパのぶどう畑は収穫で大忙し。朝露の蒸発を待って、ぶどうが摘み取られます。これは、ぶどうの実の含まれる、お酒の原料となる糖分を薄めないためです。あるワイン好きの方が「ワインは水を加えていない、一方日本酒は……」とその純粋性を強調したことがありましたが、ワインも日本酒もビールも、酵母がアルコールを作る際には、水を媒体にして糖分を食べるので水は必要です。ただワインの場合は、ぶどう粒に土中から吸い上げた水分をためているので、別に水を用意する必要はありません。麦米などの穀類には十分な水分がないので、ビールや日本酒を造るときには水が不可欠となります。
日本酒の80%は水です。使われる水の性質がお酒に大きな影響を与えるので、酒蔵さんはその地域で一番良い水が出る場所を探して蔵を建てています。
水の性質は、数字に置き換えて「硬度」で表し、水中のカルシウムとマグネシウムの量で軟水と硬水に区分しています。日本の水は硬度4程度。神田和泉屋で取り扱っている山形の『上喜元』、栃木の『四季桜』、長野の『大雪渓』などの日本酒は、硬度4の水で仕込まれています。石川の『菊姫』は硬度7、名杜氏と名高い濃口前杜氏は「うまく酒ができたときは、水の味がする」と言っていました。その『菊姫』は名前と違って男酒です。九州八女の『繁桝』が硬度12、知るかぎりで最高です。ある時に『繁桝』が、個性を失い平板なお酒に変わったことに驚き、蔵に飛びました。なんと高価な「硬度調整器」を設置していました。苦情やらお願いやらをして装置を捨ててもらい、酒は元に戻りました。硬度12といっても「酒の個性」程度のこと、全て軟水の話です。
 ところで、硬度の単位には「ドイツ硬度」や「アメリカ硬度」などがあります。世界保健機構(WHO)の軟水、硬水の分類基準に「アメリカ硬度」が使われていることもあり、一般には「アメリカ硬度」の表記が多いようですが、日本の酒造りでは、今でも「ドイツ硬度」が使われています。例えば、世界一の硬度が自慢のフランスのミネラルウォーター『コントレックス』の硬度表記は約1500mg/L(ppm)という大きな数字もドイツ硬度換算では約84dHとなります。
水は、ミネラルが少なければぼやけた味、多すぎればくどい味になります。水の成分は地形にも左右されます。日本列島には背骨のように山があるので、山に降った雨は急流となって日本海や太平洋に流れ、またその地下や脇の岩盤の上を流れる伏流水も、土中のミネラル分を溶かし込む間もなく海に流れ出ます。一方、大陸の水はゆったりと流れて、その間に多くの土中成分が取り込まれます。
 特に、ヨーロッパ大陸は、恐竜が生息した中生代(約2憶5000万年前〜約6500万年前)に大陸の移動によって海底が隆起したといわれていて、海の生物たちが多く含まれた石灰質の地層があり、土壌も地下水も硬度が高くなる成分を多く含んでいます。
昔から、多量の石灰分を含む水が身体に良くないことはわかっていて、ギリシャ時代には、まずぶどうの木を植えてから果汁を口にしたといわれています。つまり、土壌の水をぶどうの木でろ過して安全な飲み物にしたわけです。しかし残念ながらこのジュースは、いつまでもジュースでいてくれません。皮に付着する酵母がたちまちワインにしてしまうからです。そのワインが、何千年もの時を経ると「文化」といわれるお酒になるのは面白い話です。
 さて、最近は世界的な日本食ブームの影響で、海外で日本酒の現地生産が行われています。比較的硬度の低いアメリカなどで始められているようですが、ヨーロッパの水で仕込まれたらどんな味の日本酒になるのでしょうね。なにしろ日本で「紅茶」と呼んでいる茶が、英語では「ブラックティ」、水の違いでまるで違うとろみの茶になるほどです。
 日本は、世界でも例を見ない軟水の国。その水で水稲を育て、食す。この米と水で日本酒を造り、味わう。この軟水文化、あなたは思いをめぐらしたことがありますか。