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お酒の話
はね酒
「そんなことを研究しておる奴は居らん」と取り合ってもらえませんでした。まだ国税庁醸造試験場が東京都北区滝野川にあったころ、研究室の先生に「一升瓶の中で場所によって味が違うのですが、何故でしょう」とお尋ねした時のことです。しかたなく、おそらくは比重の違いであろうと推測して、手元にある「日本酒度計」という比重を計る浮標で調べてみましたが、はっきりとした差は見られませんでした。
 しかし、飲んでみると明らかに部分によって味が違います。一升詰でも四合詰でも一番上の一合分くらいが味も薄くギスギスしています。真ん中、ラベルの胴貼りあたりがバランスが良く美味しく楽しめます。瓶底になると少しくどくなります。私は、それぞれを「はね」「胴貼り」「瓶底」と呼んでいます。試しに、瓶を逆さにして混ぜてみたところ、なんと全部が「はね」の部分と同じになってしまいました。ということは比重ではないということになります。お酒は判らないことだらけです。
 数十年前には、大手メーカーさんなどを除いて、ほとんどの酒蔵さんには四合瓶の瓶詰機がなく、たいていは一升瓶から手で詰め替えていました。最初の1本は「はね2合」と「胴貼り2合」、2本目は「胴貼り」だけ、問題は3本目です。「瓶底2合」と「はね2合」です。なんと最悪の部分のお酒で詰められるのです。これに当たったお客は「ひどい酒だ〜」となります。それは大問題ということで、おつき合いのある酒蔵さんには、このことを伝え、一升瓶の酒を溜め桶に入れて、混ぜてから四合瓶に詰めるようにと勧めました。酒蔵さんも半信半疑でしたが、試してみて納得し、以後提案通りにしてくれて、神田和泉屋ではお客様からの苦情もなくなりました。今日では四合詰に限らずもっと小さな瓶やカップも詰め機が普及し、この問題は起こっていないようです。
 日本では「まぁ口開けですから……」と言ってお客様に瓶の一番上の部分を注ぐのがもてなしとなっています。しかし、この部分は一番美味しくないところです。この習慣は改めた方が良いでしょう。でもその「はね」は捨てるのはもったいない。酒蔵さんで貯蔵に使われる一般的な2トンタンクの1センチは4〜5升の量ですが、良心的な酒蔵さんではこの「はね」の部分は下のランクのお酒に混ぜたりします。家庭では「はね酒」は、煮酒に格下げ、ただ大吟醸酒の「はね」は、食品を美味しくする力はあまりありませんので、酒蒸しなどに使うと良いでしょう。飲み残したお酒も上部の1〜2センチほどが、毎回「はね」となっています。
 振ると美味しくなる、という説があります。どうやらウイスキーの熟成を進めるために微振動を与える方法があることからきているようです。しかし、日本酒の熟成期間は短く、しかもその貯蔵の目的は、ウイスキーと違って、ワインと同様に酸のほどけです。時間の経過により、酸がとろみと香りに変わるのを待ちます。酸とともにタンニンをたくさん含む赤ワインは、白ワイン以上の熟成期間が必要となりますが、それでも赤ワインを微振動で熟成させるという話は聞いたことはありません。実験してみると、振動はビール、ワイン、日本酒など醸造酒には悪影響しか与えないようです。振って歩いたり、テーブルにトンと置いたり、ビールの王冠を栓抜きで叩いたりすると、気になる苦みが発生します。冷蔵庫のドアポケット、トラックの荷台も同じです。通常、振動の影響を消すためには少なくとも3日くらいの安静が必要です。
 不思議なことに、振動の影響は、酒蔵によって違いがあるようです。10年以上も昔のことですが、とあるそば会に宅配便で送った大吟醸酒が、手違いがあってその当日に届いてしまったことがありました。案の定、石川県の「菊姫」は最悪の状態。ところが熊本県の「菊の城」はさほどでありません。しかし1時間が経つと「菊姫」は次第に回復、「菊の城」は最後までそのままでした。ほんとうにお酒は判らないことだらけです。