上喜元(じょうきげん)

酒田市内にあるお蔵で、吟醸以外のすべてのお酒が昔から山廃仕込みで造られています。 10数年前、おつきあいが始まった頃は地元だけを対象としていたせいか、過度の炭素ろ過と糖入りのためにほんらいのお酒の良さが消されていましたが、今は[酒田のお酒]から[日本のお酒]となり、吟醸酒普通酒ともにグレードを上げられました。戦時中の政府の指導による企業合同で廃業された5軒のお蔵が、自分たちで飲む分だけを造る目的で始められた酒造りです。社長さんも役員さんもこの5軒の元酒蔵さんの持ち回りで、とても和やかな蔵内の感じです。酒田は江戸時代たいへんに栄えた商人の街で、その中心となったのが本間家です。今でも町中の本間家の家は現存し、多くの見学者を集めています。近くには「山居(さんきょ)倉庫」という江戸時代の米倉庫が並び、かつての繁栄を偲ばせています。物語「おしん」の舞台もここで、大勢の「おしん」が最上川を下ってこの酒田に働きに出ました。 はじめて訪問したときには当時の社長さんから「うちの杜氏さんいい男でしょう」といわれましたが、杜氏さんは農大の醸造学科を出られた役員の息子さんで、15年たった現在は社長も兼務しておられます。最近では「全国新酒鑑評会用のお酒造り」から「本当の日本酒造り」に蔵の方針も変換され、熊本県酒造研究所から直接に9号酵母を分けていただいて、酸のしっかりした長期熟成型の豊かな大吟醸、吟醸造りを開始、山廃造りを基本とした東北の蔵で九州の酵母での酒造りに成功、1999年には地元酒田市の酒田産業奨励賞を受賞、右下がりの清酒業界に明るい光を投げかけました。設備も次第に整ってきましたが、基本的には近代工場ではなく、道具のある作業場です。木造の建物の左側は「橋本家」でこの蔵の建物の持ち主でもあり役員でもある橋本さんが住んでいます。その軒先のような隣の建物との境に米を蒸す「甑(こしき)」があります。 そこから放冷機、左奥に麹室、酒母室は2階にあり、酒母は人の肩に背負われてもろみタンクに運ばれます。
酒田酒造(株)                                                                                         

  山形県酒田市日吉町

蔵元:佐藤 正一氏 
 杜氏:佐藤 正一氏 (酒田杜氏)